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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)132号 判決

事実

被控訴人(布施浅次郎、布施昌利)は、本件債務名義たる債務弁済契約公正証書の内容は、破産者三菱殖産株式会社(以下破産会社と略称する)は昭和二十八年十月十二日被控訴人布施浅次郎に対し、被控訴人布施昌利の連帯保証のもとに、金十七万千百円を利息年一割、弁済期同年十一月十一日期限後の損害金日歩二十七銭の約で貸し渡し、これに対し被控訴人両名は、右債務の弁済並びに利息損害金の支払を怠つたときは、ただちに本件公正証書により強制執行を受けるも異議なき旨認諾した旨記載されているが、右公正証書は被控訴人らの関知しないものであるばかりでなく、その表示の債権額は当時被控訴人らの破産会社に対して負担していた額をはるかに上廻るものであつて、事実に吻合しない無効のものである。仮に右公正証書が実存の債務の限度において有効であるとしても、右債務は弁済により全部消滅したものであるから、被控訴人らは本訴においてこれが執行力の排除を求めると述べた。

控訴人(破産者三菱殖産株式会社破産管財人)は、被控訴人ら主張の事実中、本件債務名義たる公正証書の内容が被控訴人ら主張のとおりであること、破産会社が被控訴人布施浅次郎に対し金十万円を貸与したこと(但し日時特約を除く)、右貸金に関連して右公正証書が作成せられるにいたつたこと、破産会社が右公正証書に基き被控訴人らに対し差押をしたこと、破産会社が被控訴人らから昭和二十八年九月十四日より昭和二十九年十月五日までの間に十三回に亘り合計九万六千円の弁済を受けたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。破産会社は、被控訴人らに対し、昭和二十七年十二月十八日金十万円を弁済期一カ月、利息期限内八分、期限後の損害金日歩三十銭とし、破産会社の同意を得た場合のみ一カ月づつ弁済期を延長する約束で貸し渡したもので、右金員はいずれも損害金の支払に充当したものである。仮に被控訴人ら主張のとおり弁済されたとしても、その計算関係の結果、破産会社は昭和二十九年十月十五日現在において、なお金三万五千五百四円の元本債権を有しているものであると述べた。

理由

被控訴人らは「被控訴人布施浅次郎は、昭和二十八年二月中旬頃破産会社から金十万円を一カ月借りる約定で被控訴人布施浅次郎振出の金額十万円の約束手形を破産会社に差し入れ金九万二千円を借り受け、その後一カ月毎に手形を切り換えて手形金額に対する月八分に相当する利息を支払い、同年七月までに合計金五万六千円を支払つた、その後二カ月半位利息の支払をしなかつたところ、破産会社は被控訴人らの白紙委任状をほしいままに行使して本件公正証書を作成するに至つたもので、右公正証書は被控訴人らの関知しないものであるばかりでなく、その内容においても事実に吻合しないところがあるので無効である。」と主張しているので按ずるに、証拠を綜合すれば、被控訴人布施浅次郎は、昭和二十七年十二月十八日破産会社に金額十万円の約束手形を振り出し交付して金十万円を、弁済期一カ月後、利息は弁済期まで八分、期限後の損害金は日歩三十銭と定めて借り受けたが、現実に交付を受けたのは弁済期までの利息を控除した金九万二千円であつたこと、被控訴人布施浅次郎はその後七回右約束手形を書き換え、書換の都度金八千円ずつ合計金五万六千円を支払つたこと、被控訴人布施浅次郎は破産会社の求めにより同人及び布施昌利の白紙委任状並びに印鑑証明書を交付したところ、破産会社は右白紙委任状に記載する事項につき何ら被控訴人らの了解ないしは承諾を受けないで、司法書士西山義孝を被控訴人両名の代理人として右白紙委任状に委任事項並びに右代理人の氏名を書き入れ、これを行使して昭和二十八年十月二十四日福島地方法務局平支局において本件公正証書を作成するに至らしめたことが認められる。控訴人らは、破産会社においてさきに被控訴人らとの間に成立した消費貸借の元金に延滞損害金を加算した金額につき改めて消費貸借が成立したものとして本件公正証書が作成せられたと主張するもののようであるが、本件一切の証拠によるも、本件公正証書に記載せられた消費貸借成立の日である昭和二十八年十月十二日に被控訴人らとの間に控訴人主張のような消費貸借ないしは準消費貸借の合意が成立したものと認めることができない。このように本件公正証書は、被控訴人らの全然関知しないものであるばかりでなく、その内容においても事実に吻合しないところがあるので、被控訴人両名に対し何らその効なきものというべく、これを理由として右公正証書の執行力の排除を求める被控訴人らの本訴請求は理由がある。

しかして本件公正証書作成当時、被控訴人布施浅次郎と破産会社との債権関係は、昭和二十七年十二月十八日に被控訴人布施浅次郎が破産会社から現実に受け取つた金九万二千円と、これに利息として天引された八千円(一カ月分八分の割合)から利息制限法の制限(当時は旧法で千円以上一カ年につき一割)を超過する部分を差し引いた金額との合算額九万二千七百七十三円(消費貸借は右額の限度において成立したものと認むべきである。)と、これに対する昭和二十八年八月十八日以降日歩三十銭の割合による遅延損害金との合計額に過ぎなかつたものというべきである。それ故仮に本件公正証書が被控訴人らの交付した白紙委任状を使用して作成せられたことの故をもつて被控訴人らの関知しないものであるということができないとしても、その表示の債権は元金九万二千七百七十三円の限度においてのみ事実に吻合し、その余は存在しなかつたものであるから、右の限度を超過する部分についてはこれを債務名義となすことができない。しかして右現存債権については、被控訴人布施浅次郎が破産会社に対し現金弁済だけでも昭和二十九年十月十五日までに金十九万七千円を返済しているから、これを弁済の都度約定損害金並びに元金の弁済に充当すれば、本件公正証書作成当時存在していた債権額は全部消滅して余りあることは算数上明らかであるので、本件債務名義はその全部につき執行力を失つたものというべきである。

してみると以上説示のとおり、右いずれの点よりするも本件公正証書の執行力の排除を求める被控訴人らの本訴請求は正当であつて、これを認容した原判決は相当であるとして本件控訴を棄却した。

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